『Terroir愛と胃袋』八ヶ岳の食材や人との出会いを美しい一皿に昇華して

『Terroir愛と胃袋』©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE

かつて甲州と佐久を結んだ「甲州佐久往還」(現在の国道141号線)の宿場町として栄えた長澤宿。その1軒となる古民家にレストランを構えるのが『Terroir愛と胃袋です。店名の通りご当地八ヶ岳のテロワールを存分に表現したフランス料理やワイン、文化的な空間で訪れるゲストをもてなしてくれます。

同店は東京都の三軒茶屋で日本ワインに絞り提供する人気のガストロノミーでしたが、2017年に山梨に移転。「テロワール」をさらに追求しパワーアップしています。同店のオーナーシェフである鈴木信作さんとマダムの恵海夫妻に、この地でレストランを続ける理由を伺います。

『Terroir愛と胃袋』鈴木信作シェフ©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE
鈴木信作シェフ
長野県飯田市出身、1979年生まれ。15歳から日本料理店で修行を積んだ後、フランス料理へ転向。植木将仁シェフの「レストラン J」ほか数店を経て、2011年東京・三軒茶屋に『Restaurant 愛と胃袋をオープン。2017年に八ヶ岳南麓の北杜市へ移転。江戸時代から続く古民家をレストランにリノベーションし現在に至る。3世代で楽しむ外食の場を目指し、ベビーやキッズからのメニューも充実させる

宿場町の古民家をオーベルジュへ

『Terroir愛と胃袋』©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE
最寄りとなるJR中央本線長坂駅からは車で17分ほど。江戸時代は問屋場という建物に目指すレストランが

豪壮な古民家の暖簾をくぐると、ひんやりとした土間の空気が体を包み込みます。土間から一段上がった広大な畳の間や囲炉裏のある部屋、そして時を経た立派な梁や柱にタイムスリップしたかのように見入ってしまいます。

『Terroir愛と胃袋』©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE
大きな土間から広がる空間にしばし目を奪われる

そして奥には柔らかな陽射しが注ぎ込む空間があり、食事を楽しむメインのレストランがあります。「もとは厩(うまや)があった場所になります。南側で明るく、温かいです。馬はとても大切な存在なので、どの家も厩は一番いい場所につくられています」とマダムが説明してくれました。

『Terroir愛と胃袋』©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE
食事の場所として使われるのは南側の明るい部屋

古民家を選ばれたこと、そしてなぜ北杜なのかを尋ねました。「オーベルジュをやりたいと思ったのが最初です。自分は長野育ちですので、長野か山梨でやろうと、理想を叶える土地や建物を半年以上かけて探しましたが、見つかりませんでした。そこで昔からお世話になっていた北杜の自然栽培の農家さんに相談しましたら、この古民家のお話をいただきました」。

『Terroir愛と胃袋』©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE
もとは寺子屋であったという建物を一棟貸しの宿「旅と裸足」として蘇らせた

さらにレストランを開業して3年目の時に、道を挟んだ向かいの古民家にも空きが出たので宿としてリノベーション。一棟貸しの宿『旅と裸足』として開業し、「食べる」「泊まれる」といった理想のオーベルジュを誕生させました。

山梨食材の価値を高めていく

『Terroir愛と胃袋』©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE
ウェルカムドリンクをいただきながら庭の緑を楽しめるソファー席

古民家との出会いもそうですが、北杜である理由はほかにもありました。「都内時代から食材やワインは、日本のものを中心にするようにしていました。その頃から八ヶ岳の食材のポテンシャルの高さを知っていたのも、移住の背景のひとつです」。

北杜でレストランを営み、地元の生産者とより密に連絡を取り合い、生産の現場を訪ねることで鈴木シェフの料理スタイルも変化していきました。「牛肉は都内時代から信頼を寄せている方から仕入れていますが、ほかはほぼ山梨の食材です。移住当初は、自分で山菜を採ったり、狩猟でジビエも手にしていましたが、その道の名人とのつながりもできましたので、今はお任せしています。その分、自分が得意な料理により時間を費やせています」。

『Terroir愛と胃袋』は、限定されたゲストにじっくり向き合います。ゲストをどんどん受け入れ、高回転で回していく都内時代と違って、今は平日ランチ・ディナーとも1組、休日も2組と完全限定予約制のスタイル。よりきめ細やかなおもてなしを受けることができます。また、ベビーや子どもを含めたファミリーで楽しめるフレンチのコースを提供しているのも特徴です。「自分達の子どもが、小さい時に行けるレストランがあまりに少なくて困っていました。自分の店ではそうしたバリアをなくし、積極的に受け入れようと考えています」。0歳〜2歳のベビー、3〜7歳のキッズ、8〜12歳のジュニアとそれぞれの年代に合わせたコースメニューが用意されています。

『Terroir愛と胃袋』©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE
北杜の湧水で育ったマスを地元産のオーガニックビーツでコーティングした彩り美しい一皿

鈴木シェフが定番で出しているという地元のマスを使った一皿をいただきました。メニューのタイトルには「トモダチ」とあります。シェフの飲み友達だという地元の生産者、川魚専門店「みやま」の大柴さんと無化学肥料無農薬栽培の『Crazy Farm』の石毛さんのふたりがいつもお皿に載っている料理をつくりたいと考えて発案したメニューだからだそうです。

実際にいただくと、ビーツの甘みと、湧水で育ったマスの旨味が口の中にやさしく広がります。食材同士の心地よい一体感と高原の爽やかさが感じられました。まさに、この地の友愛が奏でるハーモニー。日本料理とフレンチを経験した鈴木シェフの手腕が存分に発揮され、食材の持つ味わいと美しさが、高い次元で引き出されています。

勝沼「くらむぼんワイン」の「N 甲州」©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE
マスの一皿にペアリングされるのは、甲州種を天然酵母で樽発酵・熟成させ無濾過で瓶詰めした勝沼「くらむぼんワイン」の「N 甲州」

『Terroir愛と胃袋』©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE
ヨーロッパの諺「愛は胃袋を通ってやってくる」から名付けられた店名

「僕らは身寄りのない土地にやってきて、やらせてもらっている感謝を日々感じています。足を運んでいただけるゲストはもちろん、周囲の方々や地元の生産者の理解をいただかないとやっていけません。僕らのできる恩返しは、やはり料理が一番だと思っています。従来はフォアグラ、キャビア、トリュフなどの王道食材も使っていましたが、今は地元の食材でお客様が喜ぶ料理を作るようにしています。結果的に山梨の食材の価値が高まればと努力しています」。

”愛は胃袋を通ってやってくる”その愛の媒介者としてこちらのレストランが存在します。食材を育む地元の自然や生産者への愛を、料理やおもてなしという技で昇華させて、我々へ最上の形で届けてくれるのです。

Terroir愛と胃袋

山梨県北杜市高根町長澤414

ランチ 12:00~15:00

ディナー18:00~21:00

定休日 月曜日、火曜日

URL:https://aitoibukuro.com

*完全Web予約制。電話での予約は不可。

Interview&Text:Tomohiro Tsuchiya
Photo:Hiroyuki Jyoraku
画像 ©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE