
青空に向かって枝葉を伸ばすオリーブの木はやはり気持ちがいいものです。もともとオリーブは小アジア原産。日本では香川の小豆島や九州が産地として有名ですが、ここ山梨でも生産とその産物であるオリーブオイル作りを行なっている人がいます。
山梨ではメジャーでなかったオリーブ栽培に挑み、見事なオリーブオイルに仕上げているのは前田啓介さんです。都内でプロミュージシャンとして活躍した後、生まれ故郷である笛吹市に戻り『笛吹オリーブオイル前田屋』という屋号で、オリーブオイルの生産・販売という新たな挑戦を始めました。市販を始めて6年目を迎えたオリーブオイルは、その質の高さや上質な味わいで、県内のシェフたちはもちろん全国で高い評価を受けています。

山梨県笛吹市御坂町出身。1979年生まれ。プロミュージシャンを経て、2012年より笛吹市御坂町でオリーブ栽培を開始。植付け・剪定・草刈り・収穫・搾油・販売のすべてを一手に行ない、2017年よりオリーブオイルの一般販売を始めて現在に至る。
まるでフルーツそのものかのような味わい

スプーンに垂らした前田さんのオリーブオイルを一口含むと、芳醇な香りが立ち上がり、フルーツのような風味がしっかりと伝わってきます。このオリーブオイルは、フルーツ王国であるこの地で栽培されたものと納得できる製品。普段口にするオリーブオイルとは一味も二味も違います。瑞々しく、生き生きとした味わいが詰まった極上フルーツのエキスそのもの。他の食材と組み合わせることで、更なる素晴らしいハーモニーを奏でてくれるはずです。
山梨の食材を活かしたい!ミュージシャンからの転身

山梨の笛吹地区は盆地にあたるため夏暑く、冬は−10℃にもなるといいます。そんな同地のオリーブ畑で、前田さんが出迎えてくれました。「ここには4種類のオリーブの木を植えています。栽培を始めた当初は不安でしたよ。ここで本当に育つのかなと。実際、大豪雪で100本中95本が枯れてしまったり、収穫直前の台風で実がほとんど落ちてしまったりしたこともありました。でも今年は出来がよかったですよ」。そう微笑む前田さんには、山梨のオリーブにかける不屈の想い、強い信念を感じさせます。
そもそも前田さんがミュージシャンから、オリーブオイルの生産者へと転身されたのはなぜでしょうか。「ミュージシャンの時は明け方までスタジオにこもったり、ライブの後は朝まで飲むような生活をしていました。2011年の東日本大震災をきっかけに、そうした生活を見つめ直しました」。そして2012年、生活の拠点を地元の山梨に移しました。
そんな地元で出会ったのが、同世代のワイン醸造家、食材の生産者、レストランのシェフたちでした。「以前からイタリアン・フレンチなどが好きで、よく食べに行っていました。そして地元でも魅力あるレストランが多く、そこで生産者の方々と飲んだり、食べたりしていた時です。山梨の食材はいいものが多いので、それをつなぎ合わせるものを作りたくて、オリーブオイルにたどり着きました」。
栽培から製品化、販売までを一手に

前田さんは国内の名農園である小豆島の空井農園をはじめ、海外にも足を伸ばしオリーブ栽培、そしてオリーブオイル造りを学んでいきました。「山梨には自分をはじめ小規模な生産者しかいません。搾油所もなかったので、収穫から搾油、販売までを自分でやるしかなかったのです」。イタリアより搾油機などを輸入し、オリーブ畑の横にファクトリーを設立しました。

「収穫した実はキレイに洗い、クラッシュします。そしてペースト状にするマラキシングを経て、遠心分離機にかけ、やっとオイルが出てきます」と工程を説明してくれました。オリーブオイルは、果実の収穫から10%程度しかオイルが搾れません。

山梨のテロワールをレコーディング

前田さんは2016年からオリーブオイルを搾りはじめ、7年目となりました。「地元ですから友人もたくさんいて、休耕している畑を借り受けて、だんだんと栽培面積を増やしていきました。今500~600本の木を管理しています。山梨県内でも栽培する仲間が増えてきて、栽培状況などを話し合えるようになりました」。
そんなオリーブオイル作りは、音楽を作っているのと変わらないと前田さんは思っています。「一年をかけて山梨のテロワールをオリーブオイルの中へとレコーディングしていく感覚です。音楽は耳から、オリーブオイルは口から色々な方に伝わり、心を揺さぶるものになればと意図しています。オリーブオイルに関しては、もっともっと山梨を表現していきたいです」。時代の感覚を鮮烈に彩った音楽と同様に、今、山梨というローカルから発するオリーブオイルで自身を表現している前田さん。
そんな前田さんのオリーブオイルは、県内のシェフたちに熱烈に歓迎され、愛用されています。そして、シェフたちはそのオリーブオイルと山梨県の食材を組みあせて、新たなアンサンブルを生み出していきます。「僕らは楽器のような存在で、シェフは指揮者のようにそれらを組み合わせて一皿へと完成させてくれます」。音楽とオリーブオイル作りという一見、荒唐無稽な組み合わせも、前田さんの中ではぴったりとつながり、ここ山梨において、やさしいコードを奏でています。
笛吹オリーブオイル前田屋
販売はECサイトのみ
TEL 080-9693-0911
営業 9時~17時(平日のみ、農作業で出られない場合あり)
定休日 土曜、日曜、祝日
Interview&Text:Tomohiro Tsuchiya
Photo:Hiroyuki Jyoraku
画像 ©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE