10年の歳月をかけて生まれたご当地サーモン『富士の介』

富士の介 ご当地サーモン ©YAMANSHI GASTRONOMY&WINE

山梨県は県土の約80%が山林です。そのため湧水やきれいな水に恵まれ、低水温を好むマス類の養殖が盛んに行われています。マス類の養殖では歴史的にニジマスがポピュラーですが、人気のすしネタ上位にサーモンがあるように、生食用のマスの需要が増えました。その結果、全国で100種を超えるご当地サーモンが誕生しています。

中でも山梨県で開発された「富士の介」はニジマスとキングサーモンから生まれたブランドサーモンで、キングサーモンの血を引く魚としては日本で唯一無二です。その身質は「キング」の名にふさわしく、うま味が強く味も濃いため、料理人の間でも人気の食材となっています。

昔から山梨県民は海の魚が好き!?

富士の介 ご当地サーモン ©YAMANSHI GASTRONOMY&WINE

富士山麓の忍野地区にやって来ました。富士山の恵みである湧水が豊富な地域に「山梨県水産技術センター忍野支所」があります。センターは水産業の振興や試験研究調査を行う機関で、こちらでまさに「富士の介」は誕生しました。

富士の介 ご当地サーモン ©YAMANSHI GASTRONOMY&WINE
「富士の介」の説明をしていただいた支所長の青柳敏裕さん

「山梨では山間地域を除いては、元々は淡水魚よりは、海水魚を盛んに食べていました」とはセンター支所長の青柳敏裕さん。意外な事実から、お話は始まりました。「魚尻線(うおじりせん)」という言葉があります。海辺から内陸へ海の生魚を腐らせることなく運べる限界範囲を言います。「それが甲府周辺にあたりました。沼津などで漁獲された海産魚が馬に背負われて、中道往還という道を辿り、山梨に運ばれていました」。山梨県のすし屋の多さ、マグロ好きという県民性は、この歴史に根ざしたことだったのです。

元々はそんな文化的な背景がある一方で、ミネラルウォーターの出荷額が日本一の山梨県は、おいしくてきれいな水に恵まれています。淡水魚の養殖にはうってつけの環境で、昭和初期に国の政策で始まったニジマスの養殖以来、マス類の養殖が盛んになり、現在でもニジマスの養殖、その他マス類の生産量とも、それぞれ全国で2位の地位にあります。

富士の介 ご当地サーモン ©YAMANSHI GASTRONOMY&WINE
淡水魚が刺身として生食するためには、きれいな水と適切に管理された環境が必須

そんな恵まれた環境があり、魚食好きな県民性を持っている山梨県。県としては、環境負荷の少ない淡水魚の地産地消、海産魚に負けない食べ方を提案しようと、生食用の大型ニジマス普及事業に着手しました。2010年からスタートして、翌年は「甲斐サーモン」の命名で、1kg以上の大型ニジマスを販売。さらに2016年からは、県の特産である葡萄の皮を粉末にした餌を一定期間与えて飼育したものを「甲斐サーモンレッド」というネーミングで売り出しました。

養殖業の課題を打破する期待を込めて

富士の介 ご当地サーモン ©YAMANSHI GASTRONOMY&WINE
ニジマスの横腹にみられる赤い帯がなく、キングサーモンのようなメタリックな体色が「富士の介」の特徴

全国的にブランドサーモンの誕生が相次いでいく中、山梨県でもニジマスをより改良したサーモンを生み出したいとの気運が高まっていきました。「背景には輸入に頼る魚粉などの飼料資材の高騰もありました。経費がかさむ分、より付加価値の高い新魚種の開発が望まれたのです。2007年から始まり10年以上をかけ、チャレンジを重ねました」。

富士の介 ご当地サーモン ©YAMANSHI GASTRONOMY&WINE
こちらはマス類の採卵

飼育しやすくて、おいしい魚を求めて研究を続けたと言います。長い期間がかかるのは、卵を採卵してから大きく成長させるのに3年ほどかかることや、国の認可を得るために数世代にわたり検証したデータの提出が必要になることが理由です。特に異なる種の魚を組み合わせた交雑魚は、自然の生態系を乱さないよう、自然繁殖できないことが必須になります。それらも含めて確固たるデータを蓄積するのです。

脂のノリとうま味成分が多い富士の介

富士の介 ご当地サーモン ©YAMANSHI GASTRONOMY&WINE
さかなクンが描いた「富士の介」のイラスト

こうして2019年にキングサーモンとニジマスをかけ合わせた「富士の介」が誕生しました。キングサーモンの和名は「マスノスケ」と言います。その語呂も考慮し、3,000点を超える応募の中から「富士の介」のネーミングが付きました。「ご当地サーモンは全国100種以上いますが、異なる魚を組み合わせた交雑魚は5種だけです。しかもキングサーモンの血を引くのはこの富士の介だけなので、希少性が高いです。しかも食べることに関しては、ニジマスより脂のノリがいいですし、うま味成分も多いという検証結果が出ました。養殖業者の方々においしいサーモンを届けることができて、ほっとしました」。

お披露目の応援団長には、タレントの「さかなクン」に登場してもらい、PRをしました。

富士の介 ご当地サーモン 忍野八洲©YAMANSHI GASTRONOMY&WINE
地元忍野村にある日本料理の名店「忍野八洲」の前菜で提供された「富士の介砧巻き」

さらに普段我々がよく目にする、輸入サーモン(海面養殖のサーモン)と比べても、脂のノリは淡水のニジマスと輸入サーモンの中間くらい。うま味に関しては、輸入サーモンを上回る検証結果が出ています。「富士の介」は適度に脂がのった上品な肉質ながらうま味が豊かな、日本人好みの味わいなのです。

富士の介 ご当地サーモン©YAMANSHI GASTRONOMY&WINE
「富士の介」は山梨のテロワールを活かす優れた食材

富士の介がお目見えして4年ほど、山梨県内で取り扱うレストランも増え、生産量も順調に伸びているそうです。「養殖における課題はまだありますが、消費者の皆さんにもっと知っていただいて、ブランド力の強化、生産・流通の安定化が図れればと思っています」。

山梨県がその環境・文化を生かして開発した「富士の介」。富士山の高嶺のように、その存在が抜きん出る日が近いのかも知れません。

山梨県水産技術センター 忍野支所

山梨県南都留郡忍野村忍草3098-1

0555-84-2029

URL: https://www.pref.yamanashi.jp/shisetsu/suisan-gjt/suisan-oshino.html

Interview&Text:Tomohiro Tsuchiya
Photo:Hiroyuki Jyoraku
画像 ©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE