「山梨ワインの飛躍をひもとく」山梨テロワール対談

山梨テロワールSPECIAL対談

『マルス穂坂ワイナリー』工場長  田澤長己さん

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『やまなし美食コンソーシアム』アドバイザー宮下大輔さん

2005年に開催された国産ワインコンクールで、山梨県産のブドウを使ったワインでは初となる金賞に輝いた『マルス穂坂ワイナリー』。その後も穂坂地区産ワインで5年連続金賞を受賞させた立役者の一人である、工場長で醸造責任者の田澤長己さんと、『やまなし美食コンソーシアム』のアドバイザーで、東京麻布十番で和食『可不可 KAFUKA TOKYO』を主催する飲食店プロデューサーの宮下大輔さんが、近年、質が向上しているという山梨のワインについて語り合います。

『マルス穂坂ワイナリー』工場長 田澤長己さん 山梨県甲府市出身。地場産業に従事したいと山梨大学でワインついて学び、醸造の世界へ。これまで人生の半分以上をワイン造りの仕事に専念。2017年にオープンした『マルス穂坂ワイナリー』、笛吹市石和町の『マルス山梨ワイナリー』の工場長を兼務する
『やまなし美食コンソーシアム』アドバイザー宮下大輔さん 山梨県富士吉田市出身。早稲田大学在学中よりダイニングバー『春秋』の創業に参加し、キャリアをスタート。現在はレストラン『可不可KAFUKA TOKYO』を主催し、日本産にこだわった和食と酒を提供。料理教室やゲストを招いたサロンも開催する

山梨ワインの歴史とテロワール

田澤:山梨県は日本ワイン発祥の地で、ワイナリーの数が全国でも一番多く、生産量も日本一です。この地のワイン造りは長い歴史があるのですが、その歴史を支えてきたのが「甲州」という日本固有のブドウ品種で、現在でも日本で一番使われている白ワインの品種です。

宮下:山梨における『マルスワイナリー』さんの歴史も古く半世紀以上ありますよね。

田澤:僕らの母体は鹿児島の『本坊酒造』ですが、洋酒生産の拠点として1960年、笛吹市石和町に『マルス山梨ワイナリー(当時は山梨工場)』を設立しました。そして80年代から、ここ穂坂でブドウの契約栽培を始めたのです。穂坂は茅ヶ岳の丘陵地にあたり、標高が高いので昼夜の気温差が大きいんです。そのため品質の高いブドウが収穫できて、そこで2000年に自社農園である『穂坂日之城農場』を開設しました。

丘陵地帯に広がる『マルス穂坂ワイナリー』の自社農園には7種のブドウが栽培されている 
©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE

宮下:そしてワイン用ブドウの産地として成長していった穂坂を含む韮崎地区で、「韮崎を赤ワインの一大産地にする」というプロジェクトが行政や商工会から立ち上がったのですよね。

田澤:その通りです。しかし課題となったのは、全国規模で生産できるワイナリーがないことでした。そこでうちに声が掛かりまして、2017年に『マルス穂坂ワイナリー』を新設するきっかけになりました。ブドウ栽培を通じて地域との結びつきができていましたので、石和に運ばずとも地場でワインが醸造できるワイナリー施設をつくり、質の高いものを生み出せたらと考えました。この穂坂のワイナリーで醸造まで行い、『マルス山梨ワイナリー』では、「貯蔵」「瓶詰め」「出荷」など、醸造以降の製造工程を担当しています。

『マルス穂坂ワイナリー』では傾斜地の高低差を利用して、上から下へとブドウとブドウ果汁を運ぶ「グラヴィティ・フロー」という設計を取り入れている ©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE
『マルス穂坂ワイナリー』では傾斜地の高低差を利用して
上から下へとブドウとブドウ果汁を運ぶ「グラヴィティ・フロー」という設計を取り入れている 
©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE

ここ穂坂で高品質なブドウを育てる

やや粘性のある土壌が濃厚な味わいのブドウを育てる 
©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE

宮下:山梨の中でも土地の味をそのままワインに表現したいということですよね。穂坂のテロワールやブドウの品種について詳しく教えていただけますか。

田澤:茅ヶ岳の山麓に位置する穂坂は、標高が400~700mで、1日を通して陽がよく当たります。少雨冷涼気象区に属していて、ブドウがよく熟しますので、皮も厚くなって、味が濃いのが特長です。

宮下:凝縮されて腰の強い味わいですね。

田澤:特に赤ワイン用のブドウに関しては、山梨で一番よいものが育つ地域だと、考えています。穂坂日之城農場では赤ワイン用として、「カベルネ・ソーヴィニヨン」、「メルロー」、「シラー」、「プティ・ヴェルド」、「カベルネ・フラン」。白ワイン用に「シャルドネ」、「ヴィオニエ」の合計7種類を栽培しています。

山裾を駆ける風で、湿気はこもりにくいが、畑の水分コントロールには気を使うという 
©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE

宮下:栽培において大事にしていることは何ですか?

田澤:少雨な地域といっても、日本ですのでどうしても雨が多い。その水分をどうコントロールするかに一番気を使います。畑の水はけをよくするために暗渠排水設備を施すなど工夫をしています。

宮下:雨の少ない年は良いブドウが収穫される傾向が強いですよね。

田澤:特に9月10月の収穫時期に好天に恵まれると、良いブドウが収穫できます。その時期に雨が多いと、どうしても水っぽくなってしまいます。逆に暑すぎても、酸が落ち着いてしまうので、難しいですよね。

宮下:年によって出来や味わいが違うのはまさに天の恵みですね。

田澤:同じワインは二度と造れません。しかもブドウの出来以上のワインはできません。だからこそ、ポテンシャルを100%引き出すために醸造の努力を重ねています。

『御坂マスカット・ベーリーA』ボリューム感があり、バランスの良い味わいで
果実味に富んだ凝縮感のあるやわらかいベリー系フレーバーが広がる 
©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE

宮下:いろいろなタイプの原酒から、最後は田澤さんがブレンディングをして味の設計をされていますよね。

田澤:一種のブドウだけでも収穫時期をずらしたもの、ひと枝につける房の数を変化させたもので、味わいが変わってきますから、それを最終的にブレンドして穂坂の味にしています。うちは創業当初から山梨県内各地のブドウにこだわってワインを造り続けています。

ブドウの品質向上が上質なワインを生みだした

宮下:そんな歴史や環境、みなさんの努力を持ちながら、ワインのレベルが近年上がってきていますよね。

田澤:醸造の技術が上がったというよりも、原料のブドウの品質が上がってきました。元来は食用などで使いきれないブドウがワインに加工されていましたが、今はワイン専用のブドウが栽培されています。そこに質の飛躍がありました。

日本ワインと和食のマリアージュ

各年号の年に甲府盆地で収穫された適熟甲州ブドウから
フリーランジュースのみを用いて低温発酵を行い瓶詰めした
『甲州 ヴェルディーニョ』。2022年DWWA金賞を受賞 
©YAMANASHI GASTRONOMY&WINE

宮下:山梨県には現在90軒ほどのワイナリーがありますが、世界的に評価を得るところも出てきています。そこに長野や北海道といった産地も盛り上がってきていますよね。わたしの店は和食がメインですから、一部海外のワインも使いますが、基本は日本ワインをセレクトしています。出汁や、醤油、味噌などの発酵食には伝統的な品種である「甲州」や、日本を代表する赤ワイン用のブドウ「マスカット・ベーリーA」などが合うと感じています。

田澤:私もワインの味の決め手は、食と一緒にした時にどうかということで考えています。

宮下:日本のワインは派手な味の濃さはないけど、味覚に染み入るような感じがあります。それは濃厚なソースで何かを食べた時のガツンとした感じと、出汁がしみじみ美味しいと感じる時の違いに似ています。和食が世界に広まり、その感覚が海外の人にも分かるようになってきています。

田澤:世界的に日本ワインの評価が上がっていったのと、和食が広まっていくのが同時期でしたよね。

宮下:UmamiやDashiという言葉が西洋料理の世界に登場するようになって、例えばフレンチで、ブイヨンの代わりに昆布や鰹節を使った出汁を使い出したりもしました。

田澤:ここ山梨においても、宮下さんは『やまなし美食コンソーシアム』のアドバイザーとして、山梨の食とワインを結びつけて、県内外の方に広めていただいています。

宮下:ワインと食は一緒にあるべきものなので、ワイン県である山梨において、多くの方々に向けてイベントやPRをすることは大切だと思っています。山梨のワインの良さ、料理の良さ、美味しい食べ物があり、美味しいワインがあるということを発信しています。

田澤:ワインと山梨の食が両輪となって、盛り立てていくことが大切ですよね。

マルス穂坂ワイナリー(本坊酒造株式会社)
山梨県韮崎市穂坂町上今井8-1
TEL:0551-45-8883
3月~11月  9:00~17:00
12月~2月 10:00~16:00
URL:https://www.hombo.co.jp/factory/mars-hosaka.html
ワイナリー見学可能

取材:2022年10月25日

画像:YAMANASHI GASTRONOMY&WINE