
山中湖に近く、富士山の恵みとなる湧水がコンコンと湧き出る天然記念物「忍野八海」。その同じエリアに店を構えるのが、日本料理「忍野 八洲(やしま)」です。地元はもとより、舌の肥えた周囲の別荘族たちに愛されて、今年30周年を迎えました。同店のオーナーシェフである天野洋喜さんは、ワイン専用のセラー部屋まで設けているほどのワイン好きでもあります。天野さんにこの地が育む食材と山梨ワインの魅力について伺います。

山梨県忍野村出身、1964年生まれ。1982年より料理の世界に入り、
1986年以降は奈良「萬京」などで研鑽を積む。1992年に出身地である
自然と水に恵まれた富士北麓の忍野村に日本料理「忍野 八洲」を開店させ現在に至る
生まれ育った地で産する豊かな食材たち

車の場合、東富士五湖道路山中湖ICから10分足らずで着く

白字で店名の入った、きはだ色の暖簾が掛かると「忍野 八洲」の1日が始まります。店内にはプライベート性の高い個室やカウンターなどの客席が60席ほど。富士五湖周辺に別荘を持つ著名人や財界人もこの店の料理とお酒を楽しみに、そして天野さんの人柄を慕って常連として通ってきます。

「特別なことはしていないんです。当たり前のことを当たり前にやって、ここまで来ました。和食は材料ありきです。素材の良さをあまりいじらずにお客様に提供します」と開店以来、30年の歳月を振り返り、天野さんは言います。
海の魚は自らが毎朝沼津港まで仕入れに行き、川魚は地元山梨の湧水が育むものを使い、野菜は季節によって富士山麓周辺や静岡の生産者から取り寄せます。そして季節によっては天然の山の恵みである山菜やキノコなども、付き合いのある地元の方から分けてもらい、料理に用います。

その日によって変わるお品書きには、「special Thanks」として農園や養鱒所の名前など、生産者の名前が列記されています。「食材をいかに仕入れるかが一番重要ですから」という天野さん。食材とそれを育む土地と生産者へのリスペクトを感じさせます。
料理もワインも個性を認めて楽しむ

まるで宝石が散りばめられたように、沢山の小鉢が盛られたお盆が、天野さんの前菜スタイルです。「一つの平皿などに幾つかを並べるのではなく、単独の料理としてちょこちょこ出すのが好きなんです」と、まるで生産者一人ひとりの個性、食材の特性を一皿の料理として表現したかのような、端正で美しい盛り付けで、食べる前から目を喜ばせてくれます。
箸を付けていくと、最適な旬を見極められた山海の幸に、天野さんの手が加わり、豊かな風味を感じさせてくれます。手間暇がかけられた一皿ごとの味わいの背後に、食材の育った環境や生産者の顔が見え隠れするようです。お皿ごとにめくるめく世界が立ち上がり、個性としての存在感を放ちます。
それは、お酒のラインナップにも表れています。

とくにワインは圧巻の品揃えで、専用のセラーとなる地下室には1000本近くがストックされています。ブルゴーニュやカリフォルニアの最高級ワインから、山梨のワインまでがずらりと並びます。「ワインとウィスキーは自分が好きで、フランスのワイナリーやスコットランドの蒸留所にも旅して、コレクションしてきたものもあります」。当然地元のワイナリーにも足を運び、取り扱う銘柄を定めていきます。

セラーで熟成され、花開く出番を待っている
そこで改めて、山梨ワインの印象を伺うと「作り手の個性が出てきていて面白いですよね。特に山梨のワインは、私が扱っている食材と同じ地域で作られているので、料理との相性はいいです」と語ります。
そして料理とワインのペアリングについては、「人の味覚によって食とワインがお互いに高め合う相乗効果ですよね。でも味覚は人によって違いますし、何を感じるかは人それぞれです。突っ張らずに、素直に楽しむことが大切だと思います」。料理やワインの持つ個性を素直に楽しむこと、それが人生も豊かにすると天野さんは微笑みます。

「山梨にはいい食材も質の高いワインもある。それを着実に、きちんと和食で表現していきます」。天野さんの料理人としての矜持は、飾らず、実直に、心を込めてすべてのものに向き合うこと。山梨の食が持つ奥深い魅力や、華やかなワインの世界、それらの個性を楽しみ、いつくしむ。「忍野 八洲」では、そんな貴重な時間を、静かに演出してくれます。
忍野 八洲
山梨県南都留郡忍野村内野4667
TEL. 0555-84-7330
夜の部 17時~21時30分(21時LO) 予約制
定休日 水曜日(祝日の場合は営業)
URL:http://www8.plala.or.jp/yashima3923/
Interview&Text:Tomohiro Tsuchiya
Photo:Hiroyuki Jyoraku
画像:©YAMANSHI GASTRONOMY&WINE